第77回ICTサロン<テキスト版>
収録は、令和2年8月11日(火曜日)、札幌市中央区南1条西6丁目ジョブキタビル8階の「SPACE360」において行いました。
- ゲスト:北海道大学大学院情報科学研究院 教授 川村 秀憲 氏
(プロフィールはこちらをごらんください。) - 聞き手:北海道テレコム懇談会事務局長 清水 友康
(株式会社 道銀地域総合研究所 執行役員地域戦略研究部長)
1 これまでの研究活動
——-まずは先生のプロフィールとこれまでの研究活動を。
学生の時から北海道大学に所属し、AIの研究をやりたくて大学に残りました。
最近、機械学習やディープラーニングで注目を浴びていますが、もともとは、人のように考える機械をどのように作ったらいいか、というのが研究領域でした。
ディープラーニングに限らず、最適化や制御、シミュレーション技術、ウェブマイニング、データマイニング等幅広く研究しています。
大学の中で閉じている研究より、企業や社会と接点を持ちながら使ってもらうことに興味があり、よく言う例えで、AIがハサミだとしたら、よく切れるハサミを作る研究よりも、それを使って何を作るかのほうに興味があり、いろいろな人に使ってもらうという ところまで含めて研究しています。
——-大学発ベンチャーについても関わっておられますね。
4、5年位前に教授になったとき、この先の研究方針をどうするか考えた時があり、「共同研究」と「ベンチャー」に大きく舵を切りました。
アメリカを中心にディープラーニングの研究が出てきて、最新の論文やソースコードがオープンになり研究開発の流れが加速した時期がありました。大学の研究は、自分たちのデータを持っておらずオープンのデータを使って研究することが多いので、できあがる研究成果には、もちろん理論的に新しいことや学術的に価値があるもので意味はありますが、独自性が少ない研究になってしまう危惧がありました。
共同研究を企業の方と一緒にするときは、その企業しか持っていないデータをお預か りし、困っていることを最新の技術でお助けすることができます。大学の研究として学術的に重要だということも注意しますが、新しい理論や応用を作って、実際に企業の方が使ってくれると、大学としても上流から下流まで一貫してかかわることができ、研究の幅も広がるので、意識して共同研究の活動をするようになりました。
2 新型コロナウイルス
——-身近なところのコロナの影響は。
大学の講義も研究のゼミもオンラインです。
業種にもよりますが、多くの会社がテレワーク、リモートワークになり、やってみると大きな問題はないと思います。選択肢が広がるということは、結果的には良かったのかなと思います。リモートワークのいいところは、場所を問わない、移動時間もカットできる、移動が難しい時でも打ち合わせができるところです。時間の使い方に、もっと柔軟性が出てきてもいいと思います。
ワーケーションという言葉も出てきていますが、少子高齢化で働き手も少なくなってきているので 仕事の効率性や家庭とのバランスを考え直す時期に来ていると思います。
ニューノーマルに対応できる会社・ビジネスと、旧来のやり方にこだわる会社では競争力にかなり差が出てくると思います。コロナはなければよかったですが、新しい働き方や社会は作っていかなくてはならない、そこを考えるきっかけにはなりました。
3 ICT技術の新しい価値
——-改めて、AIができることは。
研究を始めて初期のころは、ディープラーニングの精度はこれほど高くありませんでした。一方、当時から使える技術はいっぱいありました。
日本は、2000年位からIT化に進みましたが、あまり上手に使えていなかったのが現状だと思います。IT技術の導入が遅れているぶん、高度なAI技術でできるものから、5年、10年前からあったAI、IoT技術でできるものまで、まだまだやれることはあります。
社会の裏側で人手に頼っていたところを、AI、IoTで負荷を減らし、ピークシフトを行うとようなところに使っていくのが当面のAI、IoTの導入領域だと思います。
——-ちょっと意地悪な質問ですが、AIがやっぱりできないということは。
やはり人の知能には追いついていないですね。
実際に人とフリートークしてお互いインタラクションすることは全然できないです。人の感性や価値観を機械で扱うというのもできていません。コロナでみんなが不満も抱えていますが、AIがうまくそれを解消するというのはまだまだこの先だと思います。
——-AIにとってのデータの重要性については。
最初から正解不正解が与えられて教師データとなり、人間のように判断することは簡単です。もちろんできることできないことあります。
「人が同じような問題を解けるならば同じようにできる」、これが最初の問題だとすると、2番目の問題は、「データが集めにくいこと」です。例えば工場での製品検査だと、良品ばかりで不良品はまれです。どう課題解決するかというと、課題にもよりますが、良品をひたすら学習して「良品とは言えない」と判断することで不良品を発見します。
第3の問題は「教師データが作れない課題もある」ということです。ここはAIを研究する人の腕の見せ所になります。
面白い例としてグーグルが作った「単眼SLAM(スラム)」があります。詳細は端折りますが、YouTubeのような第三者が作った映像データだけで学習し、次の映像を予測します。
最初の問題、2番目の問題はわかりやすいので研究されて応用が進んでいますが、3番目のやり方はこれからいろいろなアイデアが出てくるところだと考えています。
——-大量のデータを自ら探してトライ&エラーをかける、まさにAIが助手ですね。
AIをビジネス応用しようと思ったときに、1番簡単な課題は、例えば製品検査などを考えた場合、AIを開発するコストと人件費を比べたらAIを開発して導入したほうがコストも安くなり、人もいらなくなります。
2番目の課題として、銀行の資産運用をアドバイスするようなサービスを考える場合、人のエキスパートほど能力はないかもしれないけれど、通帳を持つ人全員に資産運用のサービスができます。
3番目は、AIがあって今まで想像もしたことがないような未来の技術を作って、それで新しいことをやるということです。これは試行錯誤の上で生まれるものなので戦略的に狙うことは難しいです。そうなると、1番目と2番目の課題の場合(を考えるわけですが)、コロナの状況でもやれることがたくさんあります。
今あるリソースでも幅広くサービスができ、みんなが享受できるところへ移行するには、世の中のトレンドやデータの動きがリアルタイムにわからないと追従できないし、その時に、サービスの価格を変えるとか労働バランシングをとるためにはデータが必要です。そこにAIとIoTを使っていくことになると思います。
4 北海道に必要なこと(1)
——-北海道は課題が多く、情報通信技術による課題解決に期待がかかります。
——-AI、IoTの技術レベル、開発レベル、研究開発環境の状況としては。
最近「無形資産」という本を読み、すごくおもしろかったのは、「スピルオーバー」という特徴です。例えば、テレビの電波を鉄塔から発信するときに外のエリアに漏れ出てしまうことです。
自分たちのビジネスアイデアやビジネスモデル、AIの基礎技術は、普通はすぐに漏れるし、まねすることもできる。そういうものだし、防ぐのは難しい。それで、自分たちの技術がとられた、ということでは勝負はできない。勝負するには、漏れ出てくる先端技術を自分たちが取り入れる側にならなくてはならなりません。漏れても周りにそれを得だと思うネットワーク、仲間がいて、互いにオープンイノベーションで技術を融通しあいながら上手に発展していくというやり方が一つ。
もう一つは、この分野では、産学連携を上手に使わなければ勝てません。アカデミックな領域では、ちょっと先の技術を研究開発していて、社会に還元するミッションを担っています。大学や研究機関は、技術をみんなに使ってもらう方が世の中のためになる、そういうスタンスで計画も組んで研究し、未知なところにもチャレンジしています。産学連携は、うまくワークするとすごく力になる。
例えばアメリカのスタンフォード大学とシリコンバレーが非常にパワフルにビジネスを生み出しています。産学連携をしながら大学もお金が生まれ、企業も新しい技術を生み出して、ベンチャーなどが育っていく。そう考えると北海道はまだまだそこが転がっていない状況だと思います。課題もあり、研究のレベルは決して低いわけではない。ここをうまく転がるような形で、大学、企業、スタートアップがポジティブフィードバックで、雪だるまが転がってどんどん大きくなるような関係を作っていければいいと思います。
最初のひと転がりは動いている気がしているので、いかにみんなで強化していけるかが重要だと思います。
5 北海道に必要なこと(2)
北海道は市場がないので、何を考えなくてはいけないかというと、フィールドは北海道の中に最初はあったとしても、横展開するには、全世界を視野に入れて考えないとなかなか新しいものが生まれてもペイしません。北海道から築いて世界に広げていくような考え方が重要だと思います。
——-それを生み出すために足りないものは。
一つはロールモデルだと思います。北海道でも頑張っているスタートアップや企業もありますが、産学連携をうまく利用し、新しい技術を使ってビジネスを成功させていく取り組みの成功例はまだ少ないです。
東大などはAIベンチャーがたくさん出てきて、実際に会社としても大きくなり、いろいろな新しい仕事をしているロールモデルが身近にあります。それで、産学連携、スタートアップは盛んになっています。
一方で北海道、私の大学も含めてまだまだロールモデルが不足しています。「続いていこう」というお手本がないとなかなか難しいです。
もう一つは、それらを回すエコシステムが未成熟だということです。産学連携をしていくときの、いろいろな仕組みとか、大学側、企業側の体制もまだ経験が浅いところがあります。
スタートアップの場合、それをインキュベートするような環境や最初の資金を提供してくれるところ、経験のある、アドバイスができるメンターの存在も未成熟です。少しずつ生まれているので、ロールモデルとエコシステムがかみ合ってくると北海道は、結構ポテンシャルがあると思います。
空気も食べ物もおいしくきれいで、密が少ないところでリモートワーク、テレワークを使って仕事をすることは、北海道にとっては大きな流れ、チャンスが来ています。
うまくかみ合わせていければ、面白いものが生まれてくると思います。
——-その中心人物のお一人である先生から、非常に強くいいメッセージをいただいたと思います。大学には、面白いシーズたくさんがあり、実際企業とやられていることもあります。真剣勝負で、「こんなことやりたい」「できませんか」と、遠慮せずに積極的にコーディネータの方を訪ねたり大学の窓口に行くべきですね。
はい、そうですね。
——-そういう中でオープンイノベーション的なものや産学連携のロールモデルまで行ければ理想形。それを川村先生は、北海道の中で続けていただけるのだと期待しています。 本日はありがとうございました。
ゲストへの質問は、締め切りました